2012年6月19日火曜日

大きなVSOPと小さなVSOP


こんにちは!

世間では台風の話でいっぱいですね。
今日台風の影響により学校が休講になりました。
みなさんはどんな一日を過ごしているのでしょうか?



みなさんは’VSOP’という言葉を聞いたことがありますか?
ブランデーの話では無いですよ^^
今回はキャリアの中でのVSOPのあり方について考えていることを紹介したいと思います。

まず、ある有名な方のブログからVSOPの意味について拝借。
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<V:20代はバラエティ> 20代で大事なことは、とにかく多彩な経験を積むこと。自分が何に向いているか、やってみないとわからない。あまり頑なに「自分はこれが向いているはず」と思い込み、それ以外のコトは見ない、触れない、みたいな生活をしないこと。 この時期にあれこれやってみるのは、決してリスクなんかじゃない。多彩な世界に触れること、バラエティを保つこと、視野を広め、見えている世界をできるだけ広げておくこと、そして大いに迷うこと、20代ではそれが大事、という話。

<S:30代はスペシャリティ> 30代は、20代で経験したいろんなことの中から「オレはコレで行く!」という分野を見定め、その分野に集中して専門性を高め、「この分野ならあいつ」と言われるよう知識、スキルを築いていくべき時期。この時期に自分の「コア」を作る、「何の専門家なのか」を明確にする。それが大事、という話。 反対にいえば、この時期にまだ「あれにしようか、それともこっちに行こうか。オレは何をすべきなんだ?」とか言ってたらダメですよ、という話。30代になったら迷わない。そのためにも20代でやりたいことをすべてやって、ちゃんと迷って、ちゃんと決めておかなくちゃいけない。集中と深掘りの30代。

<O:40代はオリジナリティ> 40代になったら、専門性だけでは勝負できません。日々、新しい技術やトレンドが生まれ、それらにたいして、より高い専門性や感度をもつ30代が現れる。 この年代で発揮すべきは、マニュアル化できない「自分らしさ」。「これはあの人の作品だよね」「あの人の仕事はユニークだよね」「そんな考え、普通はでてこないよね!」と言ってもらえる仕事をしないとダメ。 他の人が担当していたら違うものになったはず、自分が担当したからこそ、こうなった、といえる「オリジナルな何か」が必要。そうじゃないと市場から求められない。「学んだ何か」ではなく、「自分が生み出した何か」で勝負する。それが40代。

<P:50代はパーソナリティ> そして50代になれば、パーソナリティがすべて。専門性なんて若い世代にかなうわけがない。オリジナリティだって、どんどん出すのが難しくなる。この段階にきたら「あの人と仕事がしたい」と思ってもらえるかどうか、人格とキャラが切り札になる。 だからこの年代までに、そういうものをしっかり身につけておく必要がある。「あの人がいるからあの会社で働いてみたい」と思わせないと、経営者として人も雇えない。「ぶっちゃけ内容はよくわかってないんだけど、あの人がリーダーなんだったら内容に関わらずやってみたい」と思ってもらえるかどうか、最後は人間勝負、という話。

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だそうです。
まだまだ大学生の方も社会人の方も自分のキャリアについて考えると思うのですが、その際に参考になりますよね。

この方は10年という単位でVSOPと捉えているのですが、僕はVSOPをもっと短期のスパンでも用いることができると考えています。
つまり、大きな枠組で捉えるVSOPと小さな枠組みで捉えるVSOP両方の考え方を持つことで、キャリア形成により役に立つのではないか言うことです。

例えば、大学生活は20代の’V’の中に相当しますが、その4年間の中でも小さなVSOPがあると考えます。

大学1年のときはバラエティ。
色んなサークルに参加してみたり、外部のセミナーに参加してみたり、各地を旅してみたり・・・色んな活動に参加して自分の視野を広げ、色んな人とのつながりを作る時期。

大学2年のときはスペシャリティ。
大学1年で経験した色々な活動のなかから自分が一番やってみたい、興味が持てる、情熱が持てる分野を見つけ、そこに注力していく中で、自分を磨いていく時期。 そこの分野の中でチャンスや試練に積極的に飛び込み、必要なスキルや経験を身につけていく。

大学3年のときはオリジナリティ。
その分野の中でさらに自分ならではのエッジを効かせていく時期。 身に着けてきたスキルや経験を自分なりのメソッドとして確立していったり、その分野に対する自分なりの哲学を深めて行ったり。

大学4年のときはパーソナリティ。
その分野の中で自分を高めてきた人だからこそ持つ威厳や言葉の重みが非常に大きなアイデンティティとなる。 その人と会う・喋る・一緒に活動する、だけで相手をエンパワーできるような存在。


というように、これは大きなVの中の一つの活動で、大きなVを損なうことなく小さな枠の中でVSOPを考えることで自分のキャリアをしっかりと築くことができると思うのです。
小さなVSOPは、専攻分野、大学のサークル、学生団体、アルバイトの中など様々な場面でも成り立ち、小さいながらもしっかりと自分のキャリアを築いてきた経験は大きなVSOPを築いていく上でもプラスになるものだと思います。

振り返ると、僕も新入生の時には大学4年の先輩の姿に憧れ、様々な経験を積んでくる中で国際協力・適正技術という自分なりの価値観を見つけ、逆に今では恐縮ながら後輩から「憧れる」と言ってもらえるような自分になっています。

僕も大きな枠組でみたら、まだまだVの時期だし色んな事を経験したいと思っている中ですが、この小さなVSOPを築いてきたことによって学んできたものは計り知れません。

ちなみに本文で紹介したブログは Chikirinの日記「キャリアのVSOP」
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120414
です。
気になった方はぜひ御覧ください。


さて、これから本格的に梅雨の時期ですね。
雨の一考にでも、自分のキャリアにおける大きなVSOPと小さなVSOPを考えてみてはいかがでしょうか?


今日も最後までお読みいただきありがとうございました!!




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ブログ「Originalityとその先へ」は 工学を専攻し、国際協力に身を置き、起業を志す、そんな大学生の日頃の学びや考えを発信しているブログです。

読まれた方の中に、生活の中にふとした考えの種を芽生えさせ、より豊かな一日を過ごすきっかけにしてもらえれば幸いと思っております。

まだまだ勉強中の身のため、 記事の中には考え足らずな部分や失礼に受け止められてしまいかねないところもあるかと思います。 そういった部分も含めて、意見をいただけたり応援して頂けたらなと思います。
今後とも、よろしくお願いします!
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2012年6月12日火曜日

テクノロジーの本質とエンジニアリングを学ぶ意味


おはようございます!

やろう!って決めても続けるのってなかなか難しいものですね。
前日お酒を飲んでいたり、目が覚めた時に雨の音がきこえたり、そんな少しの理由でサボってしまいます。
反省反省。
よく言われている言葉で「人はやらない理由(=言い訳)を探したがる」とありますよね。
僕も自分の怠けたい気持ちを抑えこむだけの’やる理由’を常に頭に描き、やりたいからやる、書きたいから書く、そして今日もやったから明日もやる、今日も書いたから明日も書くというポジティブ・ループを作って行きたいです。





さて、つい先日から「テクノロジーとイノベーション~進化/生成の理論~」というものを読んでいます。

各論のテクノロジーについては諸々の参考書籍があるのに、こと’テクノロジー’という概念そのものを考察している書籍が非常に少ないようです。
そこで、著者はテクノロジーそのものについて論じ、その生まれる過程や進化の過程を探っていこうとしています。
生活の中に当たり前のようにあり、あまり意識はしていないけれど、毎日その多大な恩恵にあずかっている私たちにとって、テクノロジーそのものについて考えるのはなかなか面白く感じられました。


テクノロジーはどうやって生まれる?

みなさんの周りを見渡して下さい。
そこにどれだけたくさんのテクノロジーはありますか?
携帯電話、テレビ、パソコン、電気ケトル、時計、プリンター・・・
これらのテクノロジーはどうやって生まれてきたのでしょう?

まずパソコンを考えてみましょう。
目の前のパソコンは何千という電子部品で成り立っています。
またこの電子部品もいくつかの部品で成り立っています・・・
というように、まずひとつ浮かび上がるのは
①テクノロジーはテクノロジーの組み合わせによって形成される
ということです。

また、上記において
②テクノロジーはそれ自身がまた次のテクノロジーを生み出す要素となりうる
ということも言えます。

こうやって、どんどん元を辿って行くとひとつの大元が見つかります。
それは自然現象・原理です。
パソコンの例だと、一番下まで分解していくと最後に残るのは半導体かな?
半導体は周りの環境(温度や電場etc)によって電気を流す流さないが敏感に反応する、という物質の特徴を使っています。
そこにはバンド構造だとかキャリアだとかn型p型・・・とありますが、これがそもそもの自然の現象・原理なのです。
半導体の持つ自然の原理を人間が持つある目的のために利用していくことで、人間はトランジスタを生み出し、トランジスタの応用からパソコンや携帯電話が生まれ、新しいテクノロジーが生まれていくのです。
つまり
③テクノロジーはすべて何らかの目的において自然の現象を利用している
のです。



経済はテクノロジーの’表現’!?

私たちの生活はテクノロジーと不可分です。
そして私たちが生きる社会の経済にもテクノロジーが大きな影響を与えています。
この本では「経済はテクノロジーの表現」と呼んでいます。
人間はこれまで何度かの産業革命を経験しています。
農耕具・農業技術が生まれたことで、狩猟社会から農業社会へ、
電気・蒸気機関が生まれたことで、農業社会から工業社会へ、と私たちの生活そして経済は移り変わってきました。
その移り変わりのドライビング・フォース(原動力)となってきたのがテクノロジーであり、経済はテクノロジーの発達により形成されていくことから、「経済はテクノロジーの表現」と呼んでいるのです

経済=社会が自身のニーズを満たすための調整と活動の集合体
とあります。
そして、先述の③の定義からテクノロジー=ある目的(ニーズ)に叶うように現象をプログラムすることなので、経済(から生まれる必要性)からテクノロジーが生まれ、そのテクノロジーによって経済が形成され・・・という循環が生まれます。
そして、より大きな見方で捉えると経済は人間の文化を色濃く反映させ、経済の変遷の過程は人間の歴史ということが出来ます。

つまり、テクノロジーは経済を表しているだけでなく私たちの文化や歴史にまで大きな影響を与えているのだということです。


ここまでの流れを図でまとめるとこんな感じです。

社会の必要性(ニーズ)を受け、それを叶えるように自然現象・原理をプログラムすることでテクノロジーが生まれます。テクノロジーとテクノロジーの組み合わせからまたテクノロジーが生まれます。
このようなテクノロジーの生成や進化の表現として経済があり、経済はテクノロジーの変化によって形を変え、また新たなニーズが生まれ、それを満たすためにまた新たなテクノロジーが生まれていきます。
この循環が歴史であり、循環の中に文化が存在するのです。


テクノロジーの本質とは?

ここまで、テクノロジーの生成/進化の過程を追って来ましたが、本書で述べているのはテクノロジーそのものです。
今まで述べてきたように、
「テクノロジーの根本は自然にある」
のです。
ルネッサンス以降、人類の自然の見方はテクノロジーによっていかに自然を克服するかという点を大事にし、必要以上に自然とテクノロジーを分離させてきました。
しかし、今まで見てきたようにテクノロジーは自然と不可分であり、テクノロジーによってテクノロジーが生み出され、生み出されたテクノロジーによってその生態系(経済や文化)に影響を与えていく、というその生成/進化の過程はよもや・有機的・生物的だとすら言えるのです。

地球温暖化・砂漠化・大気汚染・水質汚染・・・
私たちは今までに経験したことのない地球規模の大きな問題を抱え、その解決にはテクノロジーの進歩しかないと考えつつ、その一方でテクノロジーが自然から人間を分離し、自然を破壊し、私たちの自然を破壊するのではないかと恐れてもいるのです。

私たちは、自然を隷属させようとするテクノロジーと自然の延長線上にあるテクノロジーを区別し、私たちの人間らしさをより高めるための手段としてのテクノロジーを大事にしたり、有機的で生活を豊かにするものとしてテクノロジーを所有するという意識を持つことが大事になるのではないでしょうか?



エンジニアリングを学ぶ意味

以上が本書の主張ですが、ここからは本書の学びからエンジニアリング(工学)を学ぶ意味について考えていきたいと思います。

まず、本書ではエンジニアリングとは問題解決の方法としています。
今まで見てきたように、テクノロジーは社会の必要性(ニーズ)に叶うように、自然現象をプログラムすることで生まれます。
このことからテクノロジーを生み出すため必要なものは
・社会の必要性(欲求・問題解決=ニーズ)
・自然現象の深い理解
といえます。
本書の主張とあわせて考察すると、テクノロジーを考えるということはより深い自然と人間の調和を考えるということであり、そこから導き出されるエンジニアリングを学ぶ意味は

「まず自然現象・原理への理解を深め、それを用いて実社会での特定の目的を満たすようなソリューション(全く新しいテクノロジーであれ、テクノロジーとテクノロジーの新たな組み合わせであれ、空間デザインであれ)を提案していく」

というところにあるのではないかと思うのです。
逆に現在学校で受けている工学の授業を考えても、この定義に当てはまリますよね。
力学や量子力学は自然の現象・原理、数値解析や統計学は実社会への活かし方の基礎、というように。

学んでいる内容の意味がわかったら、俄然勉強は楽しくなります。
何に活かすかわからないからつまらないんです。
自然の根本の現象を理解していくことは、もともと(広義としての)自然の中で生まれ育つ私たちにとって、より深く自然を知ることはより豊かな人生につながるように思えますね。

僕もまだまだ大学生の身分。
大学での勉強もしっかり頑張っていきたいです!!





最後まで読んで頂きありがとうございました!!




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工学を専攻し、国際協力に身を置き、起業を志す、そんな
大学生の日頃の学びや考えを発信しているブログです。
読まれた方の中に、生活の中でふとした考えの種を芽生え
させ、より豊かな一日を過ごすきっかけにしてもらえれば
幸いと思っております。

まだまだ勉強中の身のため、
記事の中には考え足らずな部分や失礼に受け止められてし
まいかねないところもあるかと思います。
そういった部分も含めて、意見をいただけたり応援して頂
けたらなと思います。

今後とも、よろしくお願いします!
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2012年6月9日土曜日

「意識高い(笑)学生Vs.(いわゆる)普通の学生」に見る無意識の対立

おはようございます!


毎日続けるというとネタの豊富さが大事になりますよね。
それなりに毎日本を読んでいるので、その知見を活かそうと思うのですがなかなか難しい。
1日1冊とはかなりシビアに読書して行かないと、学校にバイトに学生団体に遊びに(ちゃんと遊びもしますよ!)・・・多忙な生活の中では後回しにしてしまいかねないですよね。
タイムマネジメントが非常に大切だな、と改めて実感しました。



さて、今日は読書からではなく、
最近巷でよく言われる「意識高い学生(笑)」について、その見方に対する個人の意見と特に「意識高い」と言って他と差別化してしまおうという見方の中に見る対立構造に目を向けて、世間的に見たら「意識高い」側の自分の立場から考えてみたいと思います。


就活スラング「意識の高い学生www」たちの残念行動13パターン
http://www.news-postseven.com/archives/20110818_28689.html

就活 「意識の高い学生w」はもはや大学では公害で人害と識者
http://www.news-postseven.com/archives/20120527_110358.html




’意識高い’って何?


僕はこの’意識高い’って言葉に非常に違和感を感じます。
なぜかというと、別に格段いわゆる普通の学生と比べて意識高くなってやろうぜ(えっへん)的なことは何も思わず、ただ単に自分がやりたいことをやっているだけだからです。

正直言うと、いわゆる普通の学生の「テニスしたい」ってのと、自分の「起業したい、国際協力したい」ってのは何も変わらないからです。

「テニスしたい、テニスうまくなりたい学生」だったら何をしますか?
まずテニスサークル入りますよね。
テニスのトレーニング本買ったり、友達に聞いたり、サークルだけでなく大人も交えたテニス講習会に参加したり、他大学のテニスサークルと試合したり、そこで友達作ったり・・・しますよね。

これって、意識高い学生にも全く同じなんですよ。
自分がしたいことをするために、
まず同じ志を持ったコミュニティを見つけ(学生団体だったり、NPO団体だったり、私塾だったり)、読書して勉強したり、友達とディスカッションしたり、外部のセミナーに参加したり、志を同じくする仲間が集まる交流会に参加してみたり・・・

どうでしょう?
全く同じじゃありません?
意識高い学生と呼ばれる自分から見ると、別に格別なことをしているわけじゃないんです。
いわゆる普通の学生と同じように、何かをしたがり、その何かを達成するためにふさわしい努力をして、何かを通じていろんな人と出会っていく。
自分の欲求をふさわしい形で実行しているだけなんです。
なのに、世間は「意識高い学生」と差別して見たがる。

では、なんでわざわざ「意識高い」と呼んで、差別化したがるのか?
そこにこの議論の本質が隠れていると思います。




対立構造にみる精神不安

正直「意識高い」とかそうじゃないって穿った見方をしているのは世間の見方そのものなのです。
テニスしたいも起業したいも国際協力したいも、それはただの欲求でしかなく、それを解釈し意味付けを与えているのは、個人であり個人の集合による世間なのです。

では個人と世間が、「意識高い」といって差別化したがるのはなぜだろう?
それにはいわゆる「普通の学生」「普通の学生生活を送ってきた現在社会人」からの一種の嫉妬や不安感があると思います。

同じ大学生の人たちに「起業したい」「国際協力したい」と言って色んな活動に手を伸ばしている人たちがいます。
かたや自分はテニスしかしていないと、本来等価値であるはずなのに、「意識高い」と言われる学生の方がよりピックアップされ話題になりやすいために、いわゆる「普通の学生」は劣等感や無意識の嫉妬やテニスしかしていない自分への不安を感じてしまっていると思います。
「普通の学生」は、「意識高い学生」を意識すると無意識の内にすごく精神的に不安になっているんです。

そこで精神的な落ち着きを得るためにどうしたらいいのか?
答えは自分を正当化すること。

「意識高い学生」のアラ探しをし、ちょっとの過ちやちょっとの失礼をみつけたらここぞとばかり「これだから意識高い(笑)学生は」と騒ぎ立てる。
そして「意識高い学生」のほうが、より世間に触れる機会が多いため過失や失礼な言動などがめにつきやすい。
そこには、片方(意識高い学生)を悪にしてしまえば、残った片方(普通の学生)は善である、という単純な構造に落とし込んで、自分たちの正当性を確立しようとしているように思えます。
そしてこういう構造に落としてしまえば、格段に意識高くない自分への逃げ道にもい言い訳にもなります。
この構造には現在学生の人だけでなく、今は社会人になっている学生だった人も、この構造づくりに加担しています。自分が学生だったときは・・・と思い返し、現在の学生の多様化に羨望を持ちつつも嫉妬しているんです。
その結果が、世間全体で見る「意識高い(笑)」構造の確立。

先程も述べたように、善でも悪でもない個人の欲求を、自分たちの都合のいいように解釈し意味付けを与えた結果、現在のような「意識高い学生」に対する見方が生まれたのだと思います。



和解するにはどうしたら?

正直、「意識高い学生」=悪、「普通の学生」=善という構造には建設性がありません。
意識高い学生は普通の学生と比べて自分を正当化したがるし、
普通の学生は意識高い学生と比べて自分を正当化したがる。

はじめに述べたとおり、両方等価値であり対立しいがみ合う意味はありません。
でもそれを阻んでいるのは、お互いがお互いに対する不理解とその結果生じる精神的不安です。

まずはお互いがお互いに等価値の欲求を持ち、活動しているにすぎないという認識を持ち、お互いに自分たちにとって心地いい世界にこもらず、お互いに積極的に交わっていくという、謙虚な姿勢が大切なのではないでしょか?
お互いの欲求や活動が等価値であると認識できれば、お互いの違いに不安になることもないし、いがみ合う必要もなくなる。

むしろ、お互いの価値観を認めオープンにしていくことで、対極にあるような2つの学生生活の両方を垣間見ることができ、お互いにとっていい刺激になるのではないか、と思うんです。





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さて最近、意識高い(笑)と言われることに疑問を持っていたので、意見をまとめてみたけど、やっぱり自分自身も不十分だなと感じる。
周りの学生に対してオープンかといわれると、価値観の違いに少し壁を感じてしまっているし、(笑)と言われるような残念な言動をしてしまっていることもあるだろう。

まずは、自分自身から「意識高い」と言われるだけの責任を感じ、、「意識高い」に見合っただけの自分づくりをしていきたいです!


注)この記事の中でテニスを取り上げたのは、ただ単に世間でいう「普通の学生」のイメージに近いのがテニスサークルの学生ではないかと思うからです。僕自身も一時期いわゆる普通の学生生活をしたいと思ってテニスサークルに入っていた時期もあります。
だからテニスに対して特別穿った見方をしているわけではないし、テニスをしている人の中にもいわゆる意識の高い人はいる、ということを一言付け加えさせてもらいます。



また今回のテーマである意識高い(笑)学生について、
AS I Am【経営学×キャリアデザイン】 毎朝8時の”使える経営学”
「意識高い学生は本当に有害なのか?」
http://value-design.net/wordpress/?author=1

は非常に勉強になり心に響いたので紹介させてもらいます。

この方にお会いしたことはないんですが、「起業家」というキーワードで調べブログをみつけてから、ほぼ毎回読ませてもらっています。
自分の勉強になるだけでなく、一人の人間として見習いたい部分が非常にあります。
気になった方、この方のブログをぜひ一度読んでみてください。





今日も読んでいただきありがとうございました!
















2012年6月8日金曜日

職人型ビジネスと起業家のビジネス

おはようございます!

前回のエントリーから2ヶ月。
なかなか続くないものですよね。

平凡なことを非凡なまでにやりきる
このあとでも紹介させてもらうんですが、最近自分の中で非常に熱い人物がいます。
彼の名はマイケル.E.ガーバー。
彼の言葉にこんな印象深いものがあります。
「平凡なことを非凡なまでにやりきる。それが大切なんだ。」
ブログの更新なんてスキルもいらないし、誰でもできること。
それをどれだけ(非凡なまでに)やり切ることができるか、が成功へのカギになるんですね。
この言葉を胸に刻んで、ブログの更新だけでなく日々しっかり過ごしていきたいです。



と、前置きが長くなってしまったのですが・・・
先のエントリーで起業すること経営することと題して、花屋さんの女の子を例に
起業家の葛藤を紹介させてもらいました。
今回まさに花屋さんの女の子の葛藤を吹き飛ばすような教えに出会いました!
それが先にもあげたマイケル.E.ガーバーの教えなのです。

彼はスモールビジネス向けコンサルタントとして、20年間で25,000社以上(すごい!)の会社にアドバイスを送って来ました。
その彼がよく目にしてきたのが多くのビジネスが
「起業家熱に浮かされた職人のビジネス」
だということ。

職人型ビジネスって?
そうあのお花屋さんの女の子のように、自分が好きなお花を売るために独立し、その結果お店の経営や財務、仕入れや発注・・・といった膨大な仕事に振り回されるようになってしまい、来る日も来る日も仕事に追われているビジネスのことです。。
女の子は思います。
「あれっ?私がしたいことってこんな仕事だっけ?」

ガーバーの経験上、これは本当に多くのスモールビジネスにみられることで、ビジネスとしてより上手くやっていくためには起業家のビジネスを行う必要がある、と彼は説きます。

起業する人の中には、3人の人格が住んでいます。
一人が起業家。一人がマネージャー。一人が職人。
起業家は新しいことに取り組みたがり、マネージャーは多くのことを管理したがり、職人は目の前のことに取り組みたがる。
起業する人は3つの人格を上手くコントロールする必要があるのですが、多くの人は目の前の事ばかりに目がいってしまい(つまり職人の仕事ばかりしたがり)、自分の中の起業家やマネージャーに譲ろうとはしません。
職人は頑固ででしゃばりなんです(笑)

起業家のビジネス
仕事詰めの毎日から解放、あるいはスモールビジネスから脱却しより大きなビジネスへ行くためには、まず自分自身が職人から起業家・マネージャーになっていく必要があります。
そこで大事なのが
「自分と自分のビジネスを切り離す」
こと。
多くの職人型ビジネスでは、自分がいないとお店は回りません。
毎日毎日お店に顔を出し、お店の掃除をし、お花を売り、経理をこなし・・・
しかし、起業家のビジネスでは
「自分がいなくてもお店が回るようにする」
んです。
つまり起業家は、そのビジネスのシステム・仕組みをつくり上げるのが仕事なのです!
まるで製品の開発者のように、自分のビジネスを’自分の商品’だと考えて、その価値やシステム・組織図や戦略・・・を徹底的に企画していくことが求められるのです!
システムさえ作ってしまったら、自分はいつでもお店にいる必要はないのです。

平凡な人が非凡な成果をあげられるシステム
ガーバーは最高の企業として、マクドナルドをあげています。
マクドナルドの価値はハンバーガーではなく、そのビジネス自体だ!と言っています。
どういうことでしょう?
みなさん、マクドナルドに行ったことはありますよね?
マクドナルドに行けば、いつでも同じハンバーガーをいつでも同じサービスで提供してもらえますよね。例えば学校の近くのマクドナルドでも実家の近くのマクドナルドでも都心部のマクドナルドでも、同じハンバーガー・同じサービスですよね。
これはマクドナルドという’システム’を用いれば、誰でもいつでもどこでもマクドナルドをすることができるということなのです。
ハンバーガー職人もマックポテト職人もドリンク職人もいりません。
マクドナルドでは、どんな人でも同じハンバーガー・同じサービスを届けることができるシステムができているんです。
マクドナルド創業者のレイ・クロックが作ったのはマクドナルドではなく「平凡な人が非凡な成果をあげられるシステム」なのです。
彼の商品(マクドナルド)は世界中で受け入れられ、何万店舗も経営されています。




確かに、職人の仕事というのは目の前にあるし非常にわかりやすいから目が行ってしまいがちですが、起業家にとって本当に大事なことはそのビジネスの仕組みを整え、誰もが職人と同じ仕事ができるようにしてしまうことなんですね。
あ、そうそう。
職人気質が非常に強く「その仕事以外やりたくない」というような人には、ガーバーはこう言ってます。
「それなら起業なんてやめてしまいなさい。誰かに雇われて職人の仕事だけをやるのが君にとって最上だよ」
きっぱりですね(笑)


自分も問題意識を持っていたこと(そして多くの人が感じているだろうこと)をズバリ解決する教えだったので紹介させてもらいました。
これからも何かみんなと学びを共有できたら、と思います。

今日も読んでいただきありがとうございました!!




P.S調べてみたら今日紹介したマイケル.E.ガーバーの数々のプログラムを受講することができるようです!
無料オンライン講座はまだしも、他はちょっと・・・
マイケル.E.ガーバーに興味あったらぜひ覗いてみてください(^O^)/
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