2014年11月1日土曜日

バングア渡航②【2014-No49】

こんにちは。
Shunichiroです。

現在バングラデシュに旅行中です。
バングラは暑いですね。帰国した時の日本との温度差が心配になります。


さて、2年ぶりのバングラデシュ渡航中ということで、やっぱり色々思うところがあるのですよね。なんだかんだで旅が好きなのか、それとも途上国特有なのかは分かりません。でも、やっぱり好きなんですよね、きっと。

引き続き思うところをつらつらと書いていきます。

【10月31日バングラ現地滞在一日目】
●開発に携わること、途上国に関わることはロマン!!
これって自分のそもそもだと思うんですよね~。
日本で周りの人から見たら意識高い系として色々やっていてリア充っぽく見えてるのに、自分の内面ではズタボロで、めちゃめちゃ辛い日々を過ごしていたように思います。(結局最終的には、少々気持ちを病みまして、全部引退?して、途上国に渡航しているという現在です。)

やっぱりこうやって途上国に来ると、水を得た魚じゃないですけど、やっぱり自分自身が徐々に生き生きしてい繰るのを感じるんですよね。不思議ですよね。今回も衝動のように電撃的に渡航しちゃったし。

じゃあ、その源泉、そういった衝動の元ってなんだろうな、ってグルグル考えたのは、やっぱりそこに「ロマン」があるんじゃないかと思うんですよね。その「ロマン」にこそ、自分自身魅かれていて、そこに魅力を感じていて、だからそこにコミットしていきたいんじゃないかと。


この点に関しては、また記事を改めてしっかり深堀していきたいなと思いますが、少しだけ書かせてもらうと、ロマンに対してはマクロ的な意味とミクロ的な意味が存在していると思っています。

ミクロ的な意味で申しますと、やっぱりこの喧騒や雰囲気、人々であったりとか、そんな色んなものに魅かれているんじゃないかと。またそういったこともあって、自分の内面部分でも感じるものがかなりあるんですよね。

では、マクロ的な意味ってどういうことかって言うと、いわゆる先進国の発展してきた過程と途上国の発展していく過程ってそもそも全然別物になると思うんですよね。そういった待った新たな発展の在り方を描いていく過程に参加できるのは非常に面白いんじゃないかと。

またそれと同時に、このグローバル化された社会では、先進国的な発展も途上国の新たな発展も全てが同じく影響されあう世界ですよね。その中で二つの発展の在り方、ベクトルが異なる二つの発展の方法をどこかですり合わせていく必要がありますよね。

途上国の発展を考えることは、途上国のみの問題だけではなく、もっとスケールの大きな世界全体を巻き込み、そして人類及び地球の未来のグランドデザインをしていくことにつながるような、ダイナミックな試みだと思っています。


そういったところで、個人的には、現在の途上国と言われる国々の社会の在り方、発展の在り方を考えることは、22世紀の人間社会を考えることだと思っています。(ドーーーン!!)

それって非常にロマンを感じませんか??笑
だから僕はやっぱり何らかの形で途上国にコミットしていきたいなって思います。




●開発的人材としての新たな可能性、役割
上記、ロマンについて考えていくにあたって、必要になるのはやはり開発者としての専門性ですよね。今後の社会・ビジネスにおいて、これは非常に重要なスキルだと思っております。

どういうことかといいますと、今後の社会・ビジネスを考えていくに当たって、途上国との関係性、途上国の発展を促す仕組み、途上国との協業の中で市場のパイ自体を大きくしていく考えかたや取り組みが非常に大事になっていくと思っています。経営学者で有名な彼のマイケル・ポーター氏もCSV(Creat Shared Value)の考え方を広めていますよね。

そういったことで、これからの社会・ビジネスで行われていくことは、「開発的挑戦とビジネス的挑戦の融合」だと思います。(もしかしたらそこにテクノロジー的挑戦も入ってくるかもしれません」。)

開発的挑戦とは、途上国において人々や社会の在り方・未来を創造的に描いていくための取り組みであり、またビジネス的挑戦とは、よりよい社会的ベネフィットの実現と個人の経済的自立を行うための取り組みだと思っています。


さて、ではそういった開発的挑戦とビジネス的挑戦の融合、CSV的な世界において、間違いなく必要になるスキルが途上国の発展や人々の在り方を描いていく力だと思います。

この村ではどんなことが根本的な課題になっていて、そこにどんな施策(財やサービスも含めて)を打てば、その課題が解決できて、それにプラスしてそのプロセスにどう人々を関与させて、どうやって地域社会にもベネフィットを波及させて、そのスキームやフローをどう構築して、どのように実施していけば、人々自身でも自ら動かしていけるものとなり、その結果地域社会がどんな状態になり、その過程を通じてどういったプロフィットとなっていくのか、、、

そうやって、途上国の人々・社会の在り方を深く理解し、それに合わせた適切でかつ自立的・自己発展的であるスキームを構築していく、あるいは実行に移していくことが必要になってくるんだと思います。


では、そこで必要な人材・スキルってなんでしょうか??
私はそこにこそ、「開発」のスキル、人材が生きてくるのではないかと強く思っています。そういった開発的人材は、ビジネス的人材に比べて圧倒的に数が少なく、またその能力を有効に使う力やその能力を発揮できる場所も限られたところになっています。(いわゆる国連、世銀など。)

しかし、昨今のビジネス環境において、BoPやCSVを本質的にちゃんと考えられる、そして実行できる人材ってどれだけいるでしょうか?潜在的に間違いなく求められてくるのに対して、供給が全く追いついてないですよね。

開発的人材は開発的業界にこそ、居場所があると言うのは言えるのですが、ビジネスの世界においても求められる部分は非常に大きく、そして今後ますますその働きが期待されるなかで、開発的人材としての役割についてもっともっと可能性を考えなおしてみてもいいのかもしれません。

(そういったところで、IDPC的な活動は大事だと思っているけど、もっともっと開発における専門性を高めることも必要やし、そしてそれをビジネスプロトコルに変換する能力、つなげる力を意識的に身につけていくことも必要なんじゃないかと思っています。)



すいません。
短くと言いつつも、また長くなってしまいました。

これってまた別のトピックともつながるんですが、やっぱりこれだけ書ける、文章が止まらない、それだけ色々考えられるってすごい大事だと思うんですよね。しばらくブログが止まっていて、書くことが浮かんでこないという日々を考えたら、ほんまに頭パンクしそうなくらい色々考えちゃうんですよね。

やっぱりそれって、自分自身の適性?や関心度合い、また自分自身の深いところに根付く何かがあるように思います。正直自分自身、日本にいたこの1年は頭が働いてない感が半端なくありました。文章も浮かんでこないし、思索もない、でもそれがなぜか分からない、、、そんな状態だったんですけど、バングラに来たこの二日で頭の回り方、思索の浮かび方、そしてそれを文章にアウトプットしていく力がどんどん蘇ってきたように感じます。

まさにこの二日で、感受性が復活し、ヒソカ的な感度ビンビンの状態です。
やっぱこの力半端ないですよ。すごいです。

感受性や思索ってすごい大事で、でもそういったものってすごく繊細なんですよね。
こういう環境だからかもしれないし心の持ちようの問題かもしれないけど、こういう瞬間の自分ってものをしっかり大事にしていきたいと思います。




それでは、また続きはのちほど。

Shunichiro

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